ENGEIグランドスラムマチネ・リモートのソーシャルディスタンスを振り返る

  • まえがき

この記事では、先日放送されたENGEIグランドスラムマチネ・リモートの内容を振り返っていく。ENGEIグランドスラムリモートとは、フジテレビのネタ特番であるENGEIグランドスラムだが、昨今のコロナで自粛なご時世に対し、観客をzoomでリモートし、演者の間にアクリル板や距離を挟むという大胆な対策により総集編ではないネタ番組を実現。ただ、新作のネタよりは既存のネタが多く「いかに既存のネタで密にならないものを出せるか?」「いかに既存のネタを密にならずにできるか?」という点が重要だったように思う。昨今、感覚が麻痺しているがこんなご時世はめちゃくちゃ貴重なので、記録しておこうと思う。ネタの感想ではなく、どのネタがどのように密を避けたかの記録である。もちろんネタバレは回避できないので、録画をまだ見ていない人はお帰りください。

 

 

 

漫才はスタンドマイクを2本立て、相方同士の間にアクリル板を挟むというスタイル。このスタイルの漫才を「いつもとお変わりなく…」と評するのはご無理があろうと思われるところだが、実際、「出囃子に鼓」、「古風な言葉遣いの置き換えにとどまらないネタ展開」と、できることはしっかりやり残していったのではないか。歌が変わっていくという構成は笑い飯の「ぞうさん」に似てなくもないが、言葉遣いや所作が古風なだけでも十分彼らの色が出てると言えるのが強み。ソーシャルディスタンス的には強めのツッコミの時に相方ではなく鼓を叩くスタイルなのがいつもと変わらない漫才をできた要因なのかもしれない。

 

ENGEIグランドスラムマチネ2番手にして、マチネ・リモート通しても、最もこの状況をうまく利用した漫才師*1は彼らだろう。

ネタパレの背景が変えられるシステムもそうだが、彼らは新しいシステムを与えられると、オモチャを買い与えられた子供のごとく使い倒すことができてしまうトリオである。密だから3人立てないというシステムはまさに白眉であり、「トリオで漫才」を突き詰めた彼らならではのネタだったのは間違いない。

「密だから3人立てない」というシステムも、石橋がナレーターになるボケは早々に捨て、「いいボケ思いついた」、ツッコミの撤退、など綺麗に使い倒している。彼らにとっても大変な状況なはずなのだが、全くそうは思わせない。むしろこの状況の方がアイディアの凄さを見せやすいんじゃないかとさえ思わせてくれる。四千頭身はやっぱり凄い…。

 

漫才師2組続いた上でのコント師。ネタは予備校(ネタバレを躊躇わないタイトルだと鼓舞する人)。ラストシーンまで東ブクロのツッコミが、森田演じる鼓舞する人の前で発生しないという、やや特殊なネタ。もちろん、ソーシャルディスタンスを取る上ではピッタリなネタと言える。

個人的には、あまりにもネタバレされきったネタなので、生徒に注意しながらゆっくり扉から距離を取る東ブクロの所作の方が面白い。扉をあまり曇らせなかったのはこのご時世ゆえの清潔感が出たかもしれない。オチも、もう少し森田と東ブクロが近くあるべきなのだが、やむなし。

 

せり上がりの段階から宮下に向かって何やらブツブツ言っている草薙の出で立ちが、このコンビなりのベストアクト。宮下から距離の空いた草薙はノビノビしているようにも見え、喋りの調子が良かった気もするが、どこか不安げでもある。ネタはいつもに宮下草薙に、少しばかり対立の要素の入ったネタ。

 

  • プラス・マイナス

ここも、一時期TVに何度もかけていた「街づくりゲーム」のネタ。岩橋のアクリル板の処理の仕方にはベテランの風格すら漂う。イジりすぎず、サラっとしすぎずというか。

掛け合いが魅力的な漫才師、という意味での障壁は大きかったように思うし、観客の不在も相まって岩橋の声量がいつもより1.3倍デカかった気がする。それ以外は言うことなし。すゑひろがりず同様、言うことなしなのはプロの証。

 

ネタは「文化祭の投票」。元々、「自転車」や「缶コーヒー」などある程度ソーシャルディスタンスを取ったネタが多い彼らの選択はこれ。

ただ、今回披露されたネタも先述のネタも、後半ではソーシャルディスタンスが失速するネタである。彼らの所属するマセキ芸能社は、事務所のライブのほぼ全てをYoutubeで自由に閲覧可能にするという慈善団体なので自粛前との比較が可能*2なのだが、案の定差し棒は苦肉の策だったようである。よいこの皆さんは差し棒をあんな風に使わないようにしましょう。多分、先生にアホほど怒られます。

 

ネタは「喧嘩の止め方」。すゑひろがりず同様、元々相方を叩くような掛け合いの少ないコンビだが、このコンビの場合、M-1準々決勝でバカウケしたのに落ちたネタのように、もっと向き合った掛け合いの少ないシステムのネタがあった気がしないでもない。まあ、本人たちが選ぶべきだし、実際目立った支障もなかったんだけど。

 

  • まんじゅう大帝国

ネタは「海老」。記憶違いかもしれないが、一回ENGEIグランドスラムでやってなかったか?

既視感溢れる本ネタ(そんな言い方があるか)に反し、zoomの処理落ちをzoom使わずにイジるというツカミの新しさは印象的。ただ、ネタパレのレインボーや、この後のチョコプラなど、多くの芸人がイジっているし、緊急事態宣言が明けても自粛やテレワークはある程度残るため、1-2ヶ月後にはこすられすぎて腐った切り口になってそうなのが心配である。まあ、こっちが心配することではないか。

 

  • ダイアン

ネタは「BBQ」。尺の都合か動物愛護団体への恐怖の都合か、「ペンション」という設定をなくして「BBQ」に絞ることで、羊のピンクが無事に野生に返されることとなった。津田の伝家の宝刀の1つである「何やお前ー!!!」がないので、飛沫感染のリスクが低く、隣のロッジに火をつけた件に至っては、津田がドン引きすることでユースケとのソーシャルディスタンスを確保していくという意外とダイアンの中でもベストなチョイスと取れなくもないネタ。

 

 

ここからはENGEIグランドスラムリモート、新しい元号に新しい生活様式なんだからいい加減、フジのネタ特番特有の夕方に若手を出すけど若手の線引きもよくわからない番組を作る風潮を止めよう、と思うのは私だけでしょうか?

 

 

  • ナイツ

ENGEIグランドスラムのトップバッターは、時事ネタという意味でのポスト爆笑問題への街道を、個性を突き出しながらひた走っていることでお馴染みのナイツ。

誰もがイジるにイジれない、もといイジらなかった、志村けんの逝去をイジるという暴挙に出ており、はじめのうちは「ドリフターズを見てお笑い目指したんで…そういうのを乗り越えてね…」などと丁寧にフっているが、最終的には「どっか行けよ、志村ぁ!」と言い出す姿には、本当にポスト太田光が見えてきてしまっている。もちろん、太田光太田光で意地を見せていたのはこの番組を見ていた人にとっては言うまでもない話である。

 

  • ロッチ

ネタは「セリフ合わせ」。初見のネタである。「試着室」を彷彿とさせる天丼ぶりに、急に作った新ネタ感を感じなくもないが、構成面でよくできている。

ネタの感想はそこそこに、松岡茉優の感想のキレたるや。役者特有の角度からこのネタをそう見るとは!リモートなうえに、割と中村仁美がちだっただけにブランクもあるはずだが、かなりのキレ味だった。松岡茉優、すげえよ。

 

ネタは「オンラインで結婚報告」。12年前のM-1王者が未だに新ネタを作り続けてくれていることに対する凄さをヒシヒシと。このコンビもまた、zoomあるあるを取り入れたネタである。zoom特有のラグも取り入れられていたが、イヤホンを取る件に石田がもう一捻り入れてきたのはさすがだったな…。また、zoomのみならず、アクリル板を通した井上いじりがあるのもこの時期ならではといった趣がある。

 

  • EXIT

ネタは「相撲」。なぜ、こんなに近接してしまうネタを選んだのか理解に苦しむ。どうしてもスコッチバッグの件でもやりたかったんだろうか。兼近が前向きになることで密を回避したが、アクリル板をしっかり噛んだ辺りに第7世代の若さが出たか。

 

  • チョコレートプラネット

ネタは「デスゲーム」。彼らをキングオブコントの1stステージ1位に導いた作品*3。ただ、このコンビもzoomのラグを取り入れている。このネタはKOC当時、設定がデスゲームだからというだけで、かまいたちのデスゲームのパクリだと、ボヤ程度の軽炎上を起こしていたが、zoomのラグで何言ってるかわからなくなるというボケは、かまいたちの方のデスゲームのが相性良かったんじゃないかという気がしてくる。キングオブコントの時と同じ乱入オチをzoomでやる工夫は良かった。

 

ネタは「寿司屋」。「デート」や「美容院」に比べると、動きが少なく、相方同士が離れていても違和感が比較的軽微な設定かもしれない。ネタの内容や彼らのペースに大きな変更・乱れは見受けられなかったが、松岡茉優の言うとおり、衛生面で神経質な風潮がいいフリになるボケが忍ばせてあったのが良かった。

 

ネタは「シンデレラ」。設定に物語を選んだのはせいやの演技+粗品のツッコミ」という多少ソーシャルディスタンスがあってもどうにかなるスタイルの中でも特にどうにかなるネタを選んだか。

また、せいやアクリル板を超えられないのを利用して黒猫の躍動感を逆説的に表現するという意外と誰とも被っていない使い方をしているのも興味深い側面である。

 

  • ロバート

ネタは「歌い切ったら100万円」。ロバートのネタの中では掛け合いが少ない方のネタである。…………早口言葉とかアスリートのCMとかの講座を開いて座席の密を避ければどうにかならなくもないのだが、モニターを見せる必要性と、ソーシャルディスタンスの必要性が上手く噛み合ったネタではあったと思う。初めて見たときはロバートっぽくないネタだと思っていたが、まさかこんな形で再生するとは…。

 

  • ぺこぱ

「ノリツッコまない漫才」でM-1最終決戦まで突き進んだコンビ。このシステムが人を傷つけない笑いであるかどうかについては、議論の余地がありすぎて逆に議論の必要性がないのだが、一切相方を叩くことがないことについては功を奏しまくっている。ツカミで「被っているんだったら俺がどけばいい!」ができないのが一番目立った支障だろうか。

 

芸歴や売れ方に反して(?)、未だにネタをやり続けている芸人として知られるピン芸人。ネタは「絵本」。いくら自粛期間だからっていい大人が家で絵本読まないだろ、とは思うが、ボケを機械に任せることで設定まで含めて密じゃないネタができるのは陣内の強みでしかない。このほか言うことなし…というより、設定以外の違和感があまりにもないので、一番素直に笑えたまであるわ!ピン芸人の時代がこんな形で来るぞ!

 

アンジャッシュ、元々「携帯」*4や、「社員旅行」*5など、元々ソーシャルディスタンスを取ったネタの多いコンビだが、タイトル通り「障子を隔てて」シャットアウトしてしまうとは恐れ入った。ここまで徹底した密の回避は芸歴の長さと五味一男にしごかれたネタ量の暴力が見せたベテランの意地というほかない。アンジャッシュはリモート縛りが長く続いても凌げてしまうコンビかもしれない…。

なお、このネタのオチは

児嶋「鯛が息を吹き返さないんです!」

渡部「いや、当たり前だろ!」

と、

鯛に人工呼吸する児嶋を見た渡部「何やってんだお前!?」

の二択だが、顔を合わせない方をチョイスしているのはこのご時世においては残念だが当然と言える。

 

マヂカルラブリーというコンビの片割れでありながら、R-1優勝を受け、最も相方とのソーシャルディスタンス確保に成功した漫才師。ネタは「自作ゲームの実況」というR-1の時と同じ形式のネタ。おそらく図らずも、だろうが、陣内智則同様、設定まで密じゃないコントを披露することに成功。時代が野田ゲーに追いついちゃってるのかもしれない。こんな追いつきかたがあるかよ。

それはそうと………番組制作スタッフはもっとピン芸人に頼っても良かったんですよ?ここまで頼らないのは意外だったな…バカリズムとか呼ぶと思ったけどなあ。

 

8000本のネタを持つコンビ。ネタは「歌い方が40代」。福徳の歌い方の40代ぶりと、そんな理由で後藤が曲を止めてしまう、というたかだか30字程度で言えるあらすじに5分を費やす、ジャルジャルらしいネタ。

8000本もネタがあれば「しりとり」や「オーディション」*6や「何度も間違えて部屋に入ってくる奴」など、多少ソーシャルディスタンスがあっても違和感のないネタも多いはずなのだが、その中でこのネタを選んだ意図は何か?

もちろん、単純に「やりたかったし、できそうだから」というだけかもしれないが、実は後藤が何度もはけるため、最もソーシャルディスタンスを取れるネタだったからかもしれない。もしかすると四千頭身的なソーシャルディスタンスの見方をした結果かもしれないのだ。そうなのか?どうなのか?真相は闇の中である。

ちなみに、福徳が通された部屋にマイクが2本備え付けられていて、ご丁寧に充電器まであるのは、後藤と福徳が同じマイクを使わないための配慮であり、かが屋の差し棒と同様のネタ変更である。ソーシャルディスタンスコント、ソーシャルディスタンス漫才よりは違和感ないが、意外と小道具の用意が手間取るのかも。

 

ネタは「先輩」。この番組で3人目のピン芸人もう、言うことがねえよ。強いて言えば、3人のピン芸人では一番設定が密だったけどそれでも2人だし、ネタは初見だから変更点見当たらないし、というか変更する義理もないし…。

この番組がもっとピン芸人に頼っていたらこの記事は生まれてなかったかもしれない。いや、本当に頼って良かったんですよ?

 

ネタは「マジックミラーの取調室」。番組ももう終盤なのに意外と誰とも被らないソーシャルディスタンスの取り方+演者の仕切り方。そういえば、マジックミラーを使った取調室のコント自体杉下ウッ京しか知らないかも。

取調室に入った岡部の恥ずかしさの演技、スタンドライトの絶妙な紛らわしさからの火災報知器と、マジックミラー型の取り調べという舞台を上手く使い切っているネタだった。

ところで、ハナコネタ番組のたびにほとんどネタが被らないトリオであり、このネタも初見なのだが、もしやこの状況で作った新ネタなんだろうか?気になるところである。え?新ネタだったらどうなのかって?そりゃお前、コロナウィルスの影響で菊田のセリフ量が増えたって言いたいだけよ。

 

  • 和牛

ネタは「関西の風習」。M-1の「ゾンビ」の前半パートのような、水田の屁理屈によるしゃべくり漫才掛け合いを見せるしゃべくり漫才を出してきたのは意外だったが、でも、彼らの漫才コントを考えてみると、忠実にマイムを行なったり、センターマイクから離れまくったりすることが多いので、実は意外と理にかなった選択だったのかもしれない。

 

ネタは「山の上の別荘」。飯塚が火元を見張り、角田と豊美が夫婦げんかすることでソーシャルディスタンスを確保したネタ。さらに、一瞬たりとも密にならないように気を配る方法として、豊美が拾ってきた枝を角田に取りに行かせない「来ないで!」は爆笑してしまった。好きすぎて2兆回このネタを見ているのが、こんな形で爆笑するきっかけになってしまうとは…。

 

ネタは「時事漫才」。ニュースがコロナ関連しかない上に、前半の方については3月末にあった前回のENGEIグランドスラムで使ってしまったという有様だったが、アクリル板を通した田中イジリや「ヒントでピンとか、これ?」など、舞台の変化をしっかり取り入れる。また、アクリル板が観客席の方までないからか、はたまた以前この番組であんな惨劇があったからかは定かではないが、太田が客席に飛び降りなかった回でもある。漫才自体は「麻生さんは口が斜め」という、田中が足しに行くのを久々に見れたのが特に面白かったが、ネタ後にガッツリ岡村隆史をイジったのは記録しておきたい。「それ以上言ったらあんたも説教したろか」という矢部の返しもめちゃくちゃ笑ったな…。

 

  • あとがき

コロナ禍が収まりつつも、実際にコロナウィルスが死滅したわけでもないこの状況で、どうやって総集編にしないかということを芸人・スタッフ一同が心を一つにして考えてくれたという非常に貴重な番組でした。

こんな経験は二度とできない………もとい二度としないに越したことなしです。一刻も早くこの状況が収まってほしい、そして二度とコウモリは変なものを食べて変なウィルスを作らないでほしい、コロナウィルスもシーラカンスとかゴキブリとかメタセコイアとかを見習って無闇やたらと遺伝子形を変えないでほしい、そう強く思う気持ちに変わりはないです。

でもやっぱり、ちょっとずつ新録が増えているのは嬉しいですね。この番組はもちろん、屋上に椅子を出して喋るだけのテレビ千鳥、ビスケッティ佐竹が安倍晋三のモノマネ芸人という道を選んでしまったばっかりに、リモートで出演しては「星野源の曲をうちで踊らないと見せかけてうちで踊る」というさすがに成立してないボケをするハメになってしまっていた勇者ああああ、など……元に戻ったとは言えないなかで、新規企画が立ち上がっているところは嬉しい限りです。皆さんも密を控え集近閉を控えて、この状況の沈静化を待ちましょう。ENGEIグランドスラムのMCの方のおっしゃる通り、今は我慢の時、神様は人間が越えられない試練は与えませんからね。

 

(おしまい)

 

 

*1:コント師はもう少しいるとも言えるが…後述

*2:https://m.youtube.com/watch?v=Np_fKboo_6k

*3:大工のネタはロッチのボクサーのネタ共々、忘却の彼方へ封印してあげよう!

*4:離れた位置にいる無関係な2人の会話がはたから見ると会話に見えるというコント

*5:社員旅行の写真を見せて思い出を語ろうとするが、写真の見方を間違えた結果すれ違うコント

*6:オーディションのネタだけで若ハゲサンキュー、チャラ男番長、ウルトラズなど多数のネタがある