日曜劇場「テセウスの船」を見て思った話

日曜劇場「テセウスの船」を見る。このドラマは、「ある日突然父親が殺人犯になり、殺人犯の息子になって人生をメチャクチャにされた佐野心が、タイムスリップして父親の殺人や逮捕を止め、平和な人生を獲得しようとする」というあらすじのドラマである。ドラマはそんなに好んで見ないが、設定に惹かれて、見たドラマだ。ミステリーは好きなのよね。でも、ミステリードラマを見ている時でも、自分はこのドラマに出演している芸人に目が行ってしまっていた。その芸人の名は「今野浩喜」である。

今野浩喜は元々、高橋健一とともにキングオブコメディというコンビで活動していた芸人。キングオブコント2010で優勝を果たしたが、高橋健一が芸歴より女生徒制服泥棒歴の方が長いことが発覚するという、あまりにものっぴきならなさすぎる事情により、突然の解散。解散後は、IPPONグランプリにも出演したが、俳優業に主戦場を移してしまった。テセウスの船では徳本さんという村人役で出演していた。

テセウスの船における立ち位置は「市井の人」であったように思う。モブではない。このタイプの作品、未来人が過去を変えるために過去の人々のほぼ*1全員に言わずに行動する作品に絶対必要な「まさか主人公が未来人とは夢にも思っていない、何も知らない人」だ。

時に、「あいつは身体が大きかったからな」と言いながら土をいじるという不審さを見せたと思ったら、人ではなくイノシシを殺してその鍋を振る舞っただけだったり、6年生を送る会で「子供たちのはっと汁は別に作ってる」という佐野心陣営にとって重要度2億%の情報をサラッと言ってのけたりと、時にフェイクとして、時に知る由もない市井の人として、佐野心と佐野文吾そして視聴者を煙に巻く役。それが今野浩喜が演じ切った「市井の人」の役である。

今野浩喜がなぜこんなに、「何も知らない市井の人」の演技が上手いのか。これは、相方の逮捕以降、主戦場を俳優に移し、「下町ロケット」など名だたるドラマに出演し、しれっと事務所の公式サイトでも芸人から俳優にされていたから……………ではなく、コントを通してすでに「何も知らない人」の演技を完成させていたからだと思う。

キングオブコメディのネタの作風は「バカ」と評されていた。不条理に観客を突き放したり、凝った仕掛けで観客に考えさせたり、そういうのが一切ない。高橋の発言に対する今野の返答がとにかく「バカ」なのだ。バカではあるが、高橋の発言に対して完全に的外れでもないので高橋も大きな声で怒るに至らない。この塩梅が非常に上手いコンビだった。例えば、「パソコン部の新歓」という設定のコントで、今野は「パソコンを知らない新入生」をあまりに見事に演じ切った。

高橋「スイッチを入れたのでパソコンが立ち上がりました」

今野(無言で首を傾けて見上げる)

高橋「実際に立ち上がったわけじゃないですよ〜」

この時の、見上げ方が角度も顔も完璧だった。この頃から、今野の「何も知らない人」の演技はほぼ完成していた。完成していた、というより多用していた。炊飯器の通販番組のアシスタントになっては、白米を一口食べて「何か感じませんか?」と聞かれて「おかずの必要性!」と言い放っていた。レンタルビデオ屋のクレーマーとしてやってきては、店員に「タイタニックのDVD借りたけど再生されないぞ!」と、タイタニックのサントラCDを見せながら言い放っていた。キングオブコント2010で優勝した時も「誘拐されているという状況の重大さを把握していない子供」を演じきりコント開始5秒でこっちの心をガッチリ掴んできた。ビートたけしに絶賛されたコント「出張」では「同僚と博多に出張に来ても、同僚がもつ鍋などを食べに行くのを誘う前に宅配ピザを食べたことを悪びれない男」をやっぱり演じ切っていた。全国のTV局が地上波で*2コント「出張」を、炎上させずに流す手段を失ったというだけでも、制服400着ぶんくらいの罪が高橋健一にあります。カムバック、キングオブコメディ…でも、罪の重さ、変態性、連続性から察するに絶対カムバックが許される状況ではないでしょう…。分かるけど、分かるけどさあ!

なんとか過去に戻って、高橋健一に制服泥棒をやめさせれば、キングオブコメディには違う未来があったはずだ。ENGEIグランドスラムやら有吉の壁やら出ていたかもしれない。単独ライブをやったり新ネタを今なお作り続けていたかもしれない。そんな未来があったはずだ…それなのに…。

でも、高橋は芸歴より制服泥棒歴の方が長かったという。つまり、キングオブコメディ結成時にはもう高橋は制服泥棒だったのだ。ここで一つ矛盾が生じる。制服泥棒でなくなった高橋健一今野浩喜と組んで生まれたコンビは本当に元のキングオブコメディと呼べるのだろうか?「動物園」や「ホームランボール」など、キングオブコメディのネタにはブラックなネタも多かった。キングオブコメディのネタ作成の主導は高橋だった。制服を盗まなくなったことで高橋が、キングオブコメディが、今の世界線のように爆発的な面白さを得ることもなくなるかもしれない。そう考えると、安易に「過去に戻って」とも言えなくなってくる。そんなことはないかもしれない。でもそんなことがないかどうかなんてやってみるまで分からない。キングオブコメディというコンビこそがまさしく「テセウスの船」だったのかもしれない…。

 

*1:テセウスの船とて例外ではないが、こういう作品は、未来人側が1人で抱え込むのに限界感じて親密な人1人くらいには正体バラしがちなので

*2:BSや配信ならセーフとは言ってない