【短編小説】お櫃はどこへ向かうのか?

私は花岡花子、花岡旅館の一人娘。

去年18歳になったから、旅館で若女将として働いてるの!将来はお母さんみたいな、お客様を丁寧にもてなす立派な女将にならなくちゃ!…と、思って日々頑張っているのだけど、今実は大変な問題に直面しているの。

それは夕飯の時のこと。私の旅館は部屋食なので、食堂ではなく部屋で夕飯を食べてもらうんだけど…。

「夕飯お持ちしました!」

ノックしてから扉を開けると部屋には2人のお客様がいたんだけど…。服装は二人とも浴衣で…まず一人は茶髪でマッシュルームカットであどけない口元…誰かに似てると思ったらHey Say Jumpの伊野尾慧に似てるお客様で、もう一人はこれまた茶髪のマッシュルームカットだけど目元が特徴的で…あの目元どこかで…そうそう川谷絵音だわ!川谷絵音に似ているお客様!そう、このお客様たち、2人とも男性芸能人に似てるのだけれど、ショートカットの女性という可能性もある…。襟足まで伸びた髪…男子高校生だとしたら校則違反よねえ…。でももちろん髪が長めの男性という可能性も…。両方男性あるいは両方女性だった場合は何の問題もないのだけれど、片方が男性でもう片方が女性だった場合、女性の方にお櫃を置かなくちゃいけない…。ご飯を持ってくる段になる前にこの人たちの性別を突き止めないと!もう、何でキノコ同士でふたり旅してんのよ!

食事を並べながらお客様の会話を用心深く聞く。

「おう、そういえば昨日の野球見たか?」

まずは伊野尾が口を開く。どうやら野球が趣味らしい。

「見てねーわ。あんたホントに野球好きね」

川谷は野球好きじゃないらしい。…ということは伊野尾は男!?…と思っていると

「見てねーのか。昨日カープ負けちゃってさぁ。本当残念。」

好きなチームはカープか。カープ!?ということはもしかすると伊野尾はカープ女子って奴の可能性も出てくるわね…でも、もちろんカープファンの男だっているはず…。となるとわからないわねえ…。

「ふーん、ま、私には興味ないわ。」

私!?私…ってことは女性…いやいやいやいやいや。私のお父さんも自分のことは私って言うわ。いや、でも文末が「わ」ってことは…でも待って待って待って…。

「お待たせ致しました。まずは刺身4点盛りです。こちらマグロ、アワビ、ブリ、イカとなっております。」

一品めの配膳が終わってしまった。こうなったらこっちから質問するしかない。

「本日はわざわざ来てくださいましてありがとうございます。ところでお二人さんはどちらからいらしたんですか?」

「東京からです。」

と伊野尾。

「私は難波の方や。」

と川谷。やっぱりー。川谷関西人じゃーん。イントネーションがおかしいと思ったんだー。こうなると文末が「わ」の理由は女性だから…ではないわね…。となるとこれを聞くしかない。

「お二人さん、名前をいただいてもよろしいでしょうか?」

伊野尾が

「恵と言います。」

そして、川谷が

「伊藤です。」

もう!何で上の名前で答えるのよ。下の名前聞かないと分からないじゃない!その点、恵さんは気が利くわあ。…ん?恵?

「あの、すいません。下の名前もいただいてよろしいでしょうか?」

すると恵が

「ユウキです。」

そして伊藤が

「アキラです。」

良かったー。恵のイントネーションがローマ字のグラビアアイドルじゃなくてホンジャマカだったのよねー。聞いといて良かったー。二人とも完全に困惑しているけど仕方ないわね…。でも、何の解決にもなってないじゃない!一瞬どっちも男か〜って思ったけど、涼風青葉の中の人とどっかの鬼嫁レスラーも女だけどユウキとアキラじゃない!究明はまだまだがんばるぞいって話じゃない!優木まおみ…は今関係ないか。

他の部屋の夕飯も用意しなきゃいけないのであんまりここで話し込むわけにも行かない。一旦退散ね。ここだけ最後にするっていう手もあるわ…。もっとも他の部屋の様子にもよるんだけど…。

お櫃の位置が定まらないまま二品目の配膳。できる限りゆっくりとしかしグズグズ見えないように配膳するしかないわ。すると今度は恵が

「そういえば最近面白いアニメって見た?」

アニメ?となると男ね。この二人意外とオタクなんだわ。と思った矢先伊藤が

「せやねー、やっぱりおそ松さんは2期も面白いわね!」

おそ松さん…詰んでる。詰んでるわ…。さらに伊藤は

「結構前だけど、銀魂も良かったわ!」

ことごとく、である。腐女子なの?ざっくり括るところの腐女子なの?でも銀魂なんてジャンプ作品だし男が見ていたっておかしくない…。ここで恵が

プリキュアとかは見てねーのか?」

すると、伊藤は

「見ーひんわ!子供じゃあるまいし!」

「やめろよ!私は見てんだよ!」

「知るか!」

プリキュアを見てる見てない…となると両方女…いやでもプリキュアを見てる男のオタクなんかもいるわけだし…。そうだ!ここで私は二人のお客様の体型を見ることにしたの。恵の体型、というか胸は出ている。となると女かな?って思ったのだけど、この人お腹も出ているのよねえ…。となるとおっぱいがあるただのデブ男の可能性も否定できない…。それにしては出てるような…でもないか。一方の伊藤は…お腹が出てなくて胸が出ている…となると女性…でも女性だとしたら出てない気もするのよねえ…。恵より出てないってなると…。

「どうかしましたか?」

「いえいえ!あ、配膳終わりました!こちらは地元産松茸の茶碗蒸し、あちらは湯豆腐となっております!是非ご堪能ください!」

伊藤の体型をガッツリ見ていたら怪しまれてしまったわ…。二品目の配膳も終わってしまった…。こうなると他の手がかりは…。

「すみません。トイレ行ってもいいですか?」

「ええ、どうぞ」

伊藤がトイレに立った。とりあえず目の前の恵から色々聞き出すしかないわ…。

「あの、ご職業は?」

「え?ああ、女子校の…」

女子校の!?

「教師です。」

教師かい。

「伊藤さんのご職業はわかります?」

すると恵は

「はい、ウーマン…」

ウーマン!?

「…ラッシュアワーのマネージャーです」

殺すぞ。よく考えたら、女性の職業で頭にウーマンってつく職業あんまないけど殺すぞ。せめてウーマンラッシュアワーの片割れって言えよ。それだったら確証つくのに。あ、待てよ。

「なるほど!伊藤さんってお笑い好きなんですね!」

「ええ。だからよしもとに入社できて喜んでるみたいですよ。」

「へぇー、伊藤さんの好きな芸人さんとかわかります?」

「え?ああ、えーと、ウーマンラッシュアワーもそうですけど、他にはうしろシティとかNon Styleとか…」

なるほど、このメンツから見るに女性…

「あと、東京ダイナマイトと千鳥も好きだって言ってましたね」

急に何!?ウーマンラッシュアワーうしろシティNon Styleってきて千鳥と東京ダイナマイトって何!?というかよしもとの社員なのにうしろシティ推すなよ。何でよしもとの漫才師の中に1組だけ松竹のコント師混ざってんだよ。あと、ウーマンラッシュアワーNon Style東京ダイナマイトを同時に推すなよ。同期だとかテレ朝の深夜だとかで色々あったろ。ウーマンラッシュアワーのマネージャーってだけで殺意を抱かれてることを自覚しろよ。あまりの好みの芸人のクセの凄さに、またわからなくなってしまった。と、ここで伊藤さんがトイレから帰ってきた。チャンスだ。私はトイレに向かってダッシュをし、便座を見た。すると便座にはフタがしてあった。綺麗好きめ!もし便座が上がっていれば女だってわかるのに!でも、尿が跳ねてない、ということは女性…

「いやー、昼飯食べ過ぎたのかお腹痛くなっちゃってさー。」

 「メシ中にそんな話やめろよ、汚いぞ」

大きい方かよ!となると男性でも座ってするからわからないのである…。というか食事中にそういう話する時点で男に違いないわ…。とここで伊藤が

「あ、すいません。お酒頼んでいいですか?」

「はい」

「えーと、上善如水を…あんたも飲む?」

「うん」

「じゃあ2本で」

「かしこまりました」

上善如水、とは日本酒である。日本酒を飲むということはこの人たち…二人とも男性?と思ったが、お品書きの上善如水の説明文には「スッキリした口当たり、女性にもオススメ!」と書かれていた。オススメんなよ。

白飯まであと一品…。それまでにこの人たちの性別を定めて、お櫃の場所を決めないと…。

 三品目の配膳。ここで性別を決めないといよいよ次はお櫃を持ってこなくてはならない。用心深く部屋を見回す。TVの前で充電されているスマホは…赤。ピンクではなく赤なのが確証に欠ける…。明日の着替えが出ている…けど二人とも紫の無地のTシャツにGパン。Gパンの形が見れればわかるかもしれないけど、畳まれているから見えないし…。ずーっと確証欠けることしてくれるじゃない。いいわ、私は絶対お櫃を女の前に置いて見せる!

「そうだ、アキラさあ、そっちの風呂どうだった?」

 「え、あーね…」

風呂どうだった?これは重要な手がかりよ。何せ、二人とも浴衣なんだから二人とも風呂には入ったはず。なのに風呂どうだった?って聞くということは二人は一緒に風呂入ってない!つまり二人は異性…!しかも会話の内容によってはどっちがどっち入ったかもわかる…!

「いやー、良かったわ。ユウキんとこにもあったでしょ?(ブブンブンブンブブンブブブブーンブブブーン!!!!!)」

「あー、びっくりした。この辺にも暴走族って来るんだな」

来ないわよ!何で滅多に来ないのに、今の今だけ来るのよ!そのせいで何にも聞こえなかったじゃない!…もう直接聞くしかないのかしら…。

「こちら、海老と旬の野菜の天ぷら盛り合わせとなっております。こちらの抹茶塩をふりかけて、お食べください」

最後の配膳が終わった…。が、帰るわけにはいかない。このままではお櫃をどこに置けばいいかわからない…。このまましばらくお客様の会話を聞くことにした。まず伊藤が口を開く

「美味しい〜!家で作った天ぷらと全然違うわ〜!」

「え?アキラ、家でご飯とか作んの?」

「当たり前やわ、結婚してんやから」

「そうか、何か心配だなあ…」

「何やそれ!急に兄弟みたいな会話すんなや!」

「いいだろ、兄弟なんだから!」

花子の思考回路がマッハで回転する。なるほど…兄弟ということはどっちも男なの?だとすると風呂の件がおかしく…いや待って、兄弟じゃなくて兄妹だとしたら?そうなると風呂の件と繋がるけど結局わからないままってことじゃない!いや、でも、家で料理するってことは伊藤が女で恵が男…でもそれって結局イメージというか偏見だわ…あ、でも!伊藤の手元を見ると…指輪してない!ということはやっぱり女の可能性が…。いやでも温泉だから外したという可能性もあるし…。多少不審がられるかもだけどアレを聞くしかないわ!

花子が意を決して口を開く。

「あのー、お二人の父親のフルネームってお教えいただけますでしょうか?」

「え、何でですか?」

「え、えーとですね…実は二人が兄弟だというのを聞いて、もしかして、父親が私の知り合いかな〜…なんて思ってしまいまして…私事で申し訳ないんですけれども…」

「あ、なるほど。そういうことならいいでしょう。恵 義彦です。」

これではっきりしたわ!伊藤は兄弟で父親の苗字が恵だから当然以前の苗字は恵だった。しかし、伊藤さんという男と結婚して苗字が変わってしまう。指輪をしていないことや家で普段料理をしていることからも…間違いなく伊藤は女!…圧倒的女!恵の性別は男だが確証はまだない。でも大丈夫。お櫃は伊藤側に置けば間違いないわ!

 次こそが本当の本当に最後の配膳。赤だしと香の物、そして白飯の入ったお櫃である。花子は意気揚々とお櫃を持って例の部屋に行き、赤だしと香の物をパパッと並べると、お櫃を女性、つまり加藤さんの方に置いた。

「それでは夕飯の方以上となります。」

これでいいわ!花子が部屋を立ち去ろうとしたその時加藤が

「ちょっと、いいかしら?」

「はい、何でしょう?」

もしかして、性別間違えた?そんな最悪の予想が花子の頭をよぎる。しかし、加藤は

「何で、お櫃を私に近づけたの?私が女性だから?女性だからご飯盛れってこと?」

「いやー…そういうわけではですね…」

続けて恵が

「いやー、そういう女は家事っていう押し付けは良くないな。アキラはなあ普段共働きで、家事も夫と分担協力してやっているんだよ。それで今日はやっと職場で有給取れたから家のことを夫に任せて旅行に来たっていうのに…」

「はい、申し訳ありません…」

その日以来、花岡旅館では一人ひとつお櫃を出すようになった。しかし、それではなぜ各々が自分の米を盛るのか、というクレームが来る可能性があり、その部分で理由づけをする必要があった。そこで花岡旅館はお櫃に白米を入れるのではなく、鰻の細切れをまぶし、鰻飯として提供。それを、一杯目は普通の鰻飯、二杯目は薬味や香の物を入れて味を変えて、三杯目は出汁で茶漬けに…という形でご飯に取り分けるたびに食べ方を変えるという方法をとった。

そうこの旅館では「ひつまぶし」が提供されるようになったのである

 

 

  • あとがき

どういう背景、どういう理由で私がこの小説を書いたのか?そういうのはもう言わずともわかるでしょう。だから書く気はありません。ただ一つ、わかっているかとは思いますが一応読者に太字で言っておきたいことがあります。この小説の筆者である私は男です。

 

(おしまい)